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書き散らかしたもの置き場
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「美味しいもの食べたときってホント幸せよねー……」
 うっとりとした表情で呟かれたその言葉に、俺は思わず溜息を零した。
 里中の言う「美味しいもの」が、ケーキとかだったら可愛かったし、突っ込む気など起こらないだろう。しかし残念ながらこいつの手に握られているのはどう見たって可愛らしさのかけらもない肉である。稲羽の住民なら多分みんな知ってる、固くてなかなか噛み切れないことで有名なビフテキ串が二本。その筋張った肉を苦も無く噛み切って次々と胃に収めていく姿は圧巻、まさに肉食獣の名に相応しかった。俺は、里中ほど肉を美味そうに食う女の子を他に知らない。ついでに言うなら、誕生日プレゼントに肉を要求する女の子も知らない。
 一本目を軽く完食し、二本目を頬張りはじめる里中に
「ほんと、お前って色気より食い気だよな」
 とぼやくと、じろりと睨みつけられた。
「悪かったわね。ていうかなんでそんなじっとこっち見てるのよ――あ、もしかして」
 言いながら里中は、にんまりと悪戯な笑みを浮かべて。
「あんたも食べたかったりする?」
 と、的外れなことを言いながら食べかけのビフテキ串を俺の目の前に差し出して見せた。(つーかそれ買ってやったの俺だろうが……)
 表情から察するに、里中の意図はただのからかいだろう。続く言葉が「なんてね、あげないよ」だということは分かりきっている。
 ……ので。ちょっと意趣返しを仕掛けてやろうと思う。
 俺は里中が口を開くその前に、先端の食べさしの肉に齧りつき、それを掠め取った。
 え、と驚きに動きを止めた里中の前で、もぐもぐと咀嚼して飲み下す。ごっそーさんと一言呟いて、それからダッシュで逃げ出した。
 暫くして、後ろからは、正気に返った里中の「待ちなさいよ!」と叫ぶ声。それを聞いてほくそ笑む。

 ――うん。これでいい。

 お前が肉が好きなのは知ってるし、幸せそうなお前を見てるのもまぁ、いいんだけどさ。
 それでも恋人としては、肉よりこっちに気を払ってほしいわけですよ。なんて。

 ……そんな俺の思惑は、恨みと照れ交じりの里中の飛び蹴りによって伝える間もなく意識の彼方へブラックアウトしたわけだけれど。
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上司の甥っ子に、唐突に誕生日を聞かれたのは秋口の事だ。二月一日だけど、と応えたら、ああ、確かになんか冬っぽいですねと彼は笑った。
「なんでそんな事聞くの?」
「来週、菜々子の誕生日だって話を朝聞いたんですよ。それで、足立さんはいつなんだろうと気になって」
 その言葉に、僕は首を傾げた。
「菜々子ちゃんは家族だからわかるけどさあ、僕の誕生日なんてキミが気にすることじゃなくない?」
 他人の誕生日なんて知ったところで何一ついい事なんてないだろうにと呟くと、彼はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、気になりますよ」
「なーに、もしかして祝ってくれるつもりなの?」
「はい」
「へ?」
 冗談のつもりで言ったのに、迷わずに頷かれて面食らう。そんなの正直ありがた迷惑だ。
「えー……いいよそんなの。二十代後半にもなると、誕生日なんて嬉しくもなんともないもんだよ?」
 できるだけやんわりと拒絶を示したが、けれど彼は臆することなく僕を見て、「俺が、祝いたいんですよ」と微笑んだ。
「生まれた日を祝うことは、『貴方に会えてよかった。出会ってくれてありがとう』って言うのと同じ事だと思うんです」
 だから、俺は足立さんの誕生日を祝いたいんですよ。そう言った彼に、僕は困惑した。何その考え。キミ本当に高校生?
「僕はキミに対して、そんな大層な事をした覚えはないんだけど?」
「そんなことないです。菜々子と遊んでもらったり、料理食べてもらったりしてますから」
「大したことしてないじゃん」
「俺にとっては大したことです」
 呆れ交じりの言葉を、彼は柳のようにのらりくらりとかわしていく。何を言っても聞きそうにないと悟った僕は、降参とばかり両手を挙げた。
「……本当に変な子だねえ、キミは」
 肩を竦めてそう言うと、彼は「よく言われます」と目を細めた。褒めていないのに。と呟いた言葉は届いていただろうに、気にした様子はなかった。
「じゃ、ま、期待しないで待ってるよ」
「キャベツダンボール一箱位は期待してていいですよ?」
「えー、キャベツは好きだけどそんなにはいらないよ!」

 ……そうやって二人で笑いあったあの他愛もないやり取りを、彼はまだ覚えているのだろうか。

 実弾入りの拳銃をくるくると掌中で玩びながら、赤と黒に彩られた空を仰いで独り呟く。
「……キミはこんなことになってもまだ、「僕に会えてよかった」とか言えるのかな」
 まぁ、どんな答えが返ってきても、笑えないけどね。
 聞く者のない道化た僕の独り言は、静かに霧の中に消えていく。
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