http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3955220 の蛇足的おまけ。花主なんだか主花なんだか。
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■□■ おまけ 午後15時00分 ■□■
一連の騒ぎの後、コタツを4人で囲み、相棒と菜々子ちゃんお手製のプリン(案の定絶品でした、ごちそうさまです)を仲良く食べていると、唐突にクマがぐいぐいと俺の腕を引っ張った。
「ねえねえヨースケお兄ちゃん! クマねー、さっきすっごく良いこと考えたの!」
未だ耳慣れないお兄ちゃん呼びに、少しばかり首の後ろが痒くなる。決して不快な訳ではないのだが、どうしても照れくさい。平然と聞き流せるようになるには、まだ時間が必要そうだ。
「だから呼び方はヨースケのままでいいっての。で、何考えたって?」
プリン寄越せとかだったら聞かねぇぞとスプーンを咥えながら呟くと、クマはそうじゃないと首を横に振って、満面の笑みでその「良いこと」を口にした。
「あのね、センセイとヨースケ、ケッコンすればいいと思う!」
「!?」
クマのとんでもない発言に思わずげほごほと噎せ返る。プリンで噎せるとか我ながら器用だなとか頭の隅で冷静な俺が笑った。うるせえよ。
「うわ、ヨースケ汚いー」
「おめーのせいだろ! 何言い出すんだよいきなり!?」
「だってー。クマ、ナナチャンがイモウトに欲しいんだもん! だからセンセイとケッコンして!」
「それとこれとなんの関係があんだよ!?」
脈絡のない話に悲鳴を上げると、今までクマと俺の遣り取りを静観していた悠が唐突にぽん、と手を叩いた。
「……ああ、なるほど。俺と菜々子が兄妹で、陽介とクマも兄弟だから、俺達がくっつけばクマと菜々子も兄妹になると、そういうことか?」
「そういうことクマー! さっすがセンセイ話が早い!」
「あぁ、そういうこと……て違うわ! 結婚つったら男女だろ! この場合俺の相手は悠じゃなくてなな」
「! ヨースケ、それ以上は言っちゃ駄目!」
言い切る前に、慌てた様子のクマに両手で思い切り口を塞がれた。いきなり何すんだ、と文句を言いそうになったが、その一瞬後。隣からテレビの中でさえ感じた事の無いような殺気を感じ取ったことで、クマが俺の命を救ってくれたことに気づく。
そうでした。俺の相棒は、手遅れレベルのナナコンでした。
恐る恐る悠の方を振り返れば、奴は今まで見たこともないような満面の笑みを浮かべていた。つう、と背中に冷たい汗が流れる。正直今すぐ逃げたいが、残念ながら蛇に睨まれた蛙よろしく俺の全運動神経はフリーズ状態に陥ってしまっていた。震えることすら出来やしねえ。
悠は笑顔を崩さないまま、口を開く。但し其処から漏れ出た声は、地を這うように低かった。
「……陽介。散り様は選ばせてあげるよ。1、チャージ八艘、2、コンセメギドラオン、3、ハマ成功率UP+回転説法、4、ムド成功率UP+死んでくれる?、5、デビルスマイル+亡者の嘆き。さあ、どれがいい?」
「それ選択肢じゃねえ選択死だ!! どうあがいても絶望じゃねえか!!」
本気の殺意に本能が危機を感じたのか、どうにかフリーズ状態からは脱出することに成功した。
例え話にマジになるんじゃねえこのナナコンめと罵ってみるが、逆に菜々子が可愛いのは事実だそして世界の真理だ何が悪いと返されて反論の気力が失せた。開き直るから性質が悪い。いやまあ菜々子ちゃんが可愛いのは確かだけどさ。
「ていうか、それじゃ駄目なんだクマ。それだとナナチャンがクマのオネエサンになっちゃう。だからセンセイとヨースケがくっついてくれないと」
「あー、そうですか……」
クマ的にもそこは譲れないポイントであるらしい。まあ、可愛がりたくて妹に欲しいって言ってるんだろうから当たり前か。
と、そこで今まで呆然と事態を見守っていた(というかあまりの展開に置いて行かれてたんだろうな……ごめん)菜々子ちゃんが、ええと、と少し照れたように首を傾げた。
「ようすけお兄ちゃんとクマさんも、菜々子のお兄ちゃんになってくれるの?」
「そうクマよー!」
「良かったな、菜々子」
「うん、うれしい!」
三人がほのぼのと微笑む。ああなんか、仲の良い親子の光景を見ているみたいだ。何これ楽園? ……じゃなくて!
「いやいやいやいやだから待って! 何平然と話進めてんだよ! いや菜々子ちゃんのお兄ちゃんには俺もなりたいけども!」
「だったら問題ないクマね!」
「ようすけお兄ちゃんに、クマお兄ちゃん! あはは、菜々子のお兄ちゃん、いっぱいだー!」
俺の叫びも何処吹く風、クマと菜々子ちゃんは嬉しそうにきゃあきゃあとはしゃぐ。いや、すごく可愛い光景なんですけどね。なんか複雑!
ああもう、と溜息を吐きながら横に座る相棒に視線を遣れば、奴は至って真面目な顔でうんうんと頷いていた。
「陽介と結婚したらクマが弟になるのか。悪くないな。可愛いし」
……駄目だこいつもなんか頭のネジ外れてる。というか多分、俺をからかうことしか考えてない。
「お前なー……悪ノリもいい加減にしろよ。常識的に考えてねーだろ、野郎同士で結婚とか」
がりがりと頭を掻きながら、それでも一応ツッコミを入れてみる。俺も充分リアクションを返しているし、普段通りならこの辺で飽きて引くはずだと思ったからだ。
――だがしかし。俺の読みは斜め上の方向に外された。
「そう?」
「……へ?」
相棒からの同意の言葉はなく、それどころか真顔のままで
「俺は相手が陽介だったら、旦那さんになっても嫁さんになっても良いと本気で思ってるけどな」
――メギドラオン級の爆弾を落としてくれやがりました。
え、ちょ、なにそれどういうこと?
軽くパニックに陥る俺の内心など知った事じゃないとでも言うように、悠は俺に向かってずい、と身を乗り出してきた。至近距離から見つめてくる深い銀色の輝きに、心の奥底が曝け出されるような錯覚に捕らわれる。
「陽介は、俺が相手じゃ嫌?」
蠱惑的に微笑むその表情に目を奪われる。我知らず、ごくりと喉が鳴った。
「俺……は……」
お前の、こと、
熱に浮かされた様に、心中に浮かんだ言葉を伝えようと口を開きかけ――
「おお!? センセイとヨースケ、良い雰囲気? 良い雰囲気? チッスするクマ?」
瞬間、クマの脳天気な声が俺を現実に引き戻した。
「……っ! しねーよ馬鹿クマ!!」
ちょっと待て今俺は何を考えかけた。ねーよ。色々と! 自らの有り得ない思考回路に突っ込みを入れながら、クマの頭に手刀を落とす。痛いだなんだと喚いているが、菜々子ちゃんをびっくりさせるといけないからちゃんと手加減はした、有難く思え!
そしてそのまま返す刀で再び相棒に向き直り、びしっと人差し指を突きつける。
「相棒もこれ以上の悪ノリ禁止! そーいうのは女の子にやりなさい!! 一発で落とせるから!! 保証してやるから!!」
「はいはい。ふざけ過ぎましたごめんなさい」
……笑いながら言われても、反省しているんだかしてないんだか。まあ、一応謝罪の言葉は引き出したので良しとしておく……というか、これ以上は俺のハートが保たない。
「わかりゃいーんだよ。はい、じゃこの話はお終い!」
俺は胸中のもやもやを追い出すように、わざと大きな溜息を吐いて、ぎゅっと強く目を瞑った。
――ああそうだよ。分かってる。これはおふざけだ。冗談だ。
だから小さく呟かれた「もう少しだったのに、残念」なんてあいつの呟きは、これっぽっちも耳に入ってなんかいねーし、それに不自然に心臓が跳ねたりなんか、してねえんだからな!
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■□■ おまけ 午後15時00分 ■□■
一連の騒ぎの後、コタツを4人で囲み、相棒と菜々子ちゃんお手製のプリン(案の定絶品でした、ごちそうさまです)を仲良く食べていると、唐突にクマがぐいぐいと俺の腕を引っ張った。
「ねえねえヨースケお兄ちゃん! クマねー、さっきすっごく良いこと考えたの!」
未だ耳慣れないお兄ちゃん呼びに、少しばかり首の後ろが痒くなる。決して不快な訳ではないのだが、どうしても照れくさい。平然と聞き流せるようになるには、まだ時間が必要そうだ。
「だから呼び方はヨースケのままでいいっての。で、何考えたって?」
プリン寄越せとかだったら聞かねぇぞとスプーンを咥えながら呟くと、クマはそうじゃないと首を横に振って、満面の笑みでその「良いこと」を口にした。
「あのね、センセイとヨースケ、ケッコンすればいいと思う!」
「!?」
クマのとんでもない発言に思わずげほごほと噎せ返る。プリンで噎せるとか我ながら器用だなとか頭の隅で冷静な俺が笑った。うるせえよ。
「うわ、ヨースケ汚いー」
「おめーのせいだろ! 何言い出すんだよいきなり!?」
「だってー。クマ、ナナチャンがイモウトに欲しいんだもん! だからセンセイとケッコンして!」
「それとこれとなんの関係があんだよ!?」
脈絡のない話に悲鳴を上げると、今までクマと俺の遣り取りを静観していた悠が唐突にぽん、と手を叩いた。
「……ああ、なるほど。俺と菜々子が兄妹で、陽介とクマも兄弟だから、俺達がくっつけばクマと菜々子も兄妹になると、そういうことか?」
「そういうことクマー! さっすがセンセイ話が早い!」
「あぁ、そういうこと……て違うわ! 結婚つったら男女だろ! この場合俺の相手は悠じゃなくてなな」
「! ヨースケ、それ以上は言っちゃ駄目!」
言い切る前に、慌てた様子のクマに両手で思い切り口を塞がれた。いきなり何すんだ、と文句を言いそうになったが、その一瞬後。隣からテレビの中でさえ感じた事の無いような殺気を感じ取ったことで、クマが俺の命を救ってくれたことに気づく。
そうでした。俺の相棒は、手遅れレベルのナナコンでした。
恐る恐る悠の方を振り返れば、奴は今まで見たこともないような満面の笑みを浮かべていた。つう、と背中に冷たい汗が流れる。正直今すぐ逃げたいが、残念ながら蛇に睨まれた蛙よろしく俺の全運動神経はフリーズ状態に陥ってしまっていた。震えることすら出来やしねえ。
悠は笑顔を崩さないまま、口を開く。但し其処から漏れ出た声は、地を這うように低かった。
「……陽介。散り様は選ばせてあげるよ。1、チャージ八艘、2、コンセメギドラオン、3、ハマ成功率UP+回転説法、4、ムド成功率UP+死んでくれる?、5、デビルスマイル+亡者の嘆き。さあ、どれがいい?」
「それ選択肢じゃねえ選択死だ!! どうあがいても絶望じゃねえか!!」
本気の殺意に本能が危機を感じたのか、どうにかフリーズ状態からは脱出することに成功した。
例え話にマジになるんじゃねえこのナナコンめと罵ってみるが、逆に菜々子が可愛いのは事実だそして世界の真理だ何が悪いと返されて反論の気力が失せた。開き直るから性質が悪い。いやまあ菜々子ちゃんが可愛いのは確かだけどさ。
「ていうか、それじゃ駄目なんだクマ。それだとナナチャンがクマのオネエサンになっちゃう。だからセンセイとヨースケがくっついてくれないと」
「あー、そうですか……」
クマ的にもそこは譲れないポイントであるらしい。まあ、可愛がりたくて妹に欲しいって言ってるんだろうから当たり前か。
と、そこで今まで呆然と事態を見守っていた(というかあまりの展開に置いて行かれてたんだろうな……ごめん)菜々子ちゃんが、ええと、と少し照れたように首を傾げた。
「ようすけお兄ちゃんとクマさんも、菜々子のお兄ちゃんになってくれるの?」
「そうクマよー!」
「良かったな、菜々子」
「うん、うれしい!」
三人がほのぼのと微笑む。ああなんか、仲の良い親子の光景を見ているみたいだ。何これ楽園? ……じゃなくて!
「いやいやいやいやだから待って! 何平然と話進めてんだよ! いや菜々子ちゃんのお兄ちゃんには俺もなりたいけども!」
「だったら問題ないクマね!」
「ようすけお兄ちゃんに、クマお兄ちゃん! あはは、菜々子のお兄ちゃん、いっぱいだー!」
俺の叫びも何処吹く風、クマと菜々子ちゃんは嬉しそうにきゃあきゃあとはしゃぐ。いや、すごく可愛い光景なんですけどね。なんか複雑!
ああもう、と溜息を吐きながら横に座る相棒に視線を遣れば、奴は至って真面目な顔でうんうんと頷いていた。
「陽介と結婚したらクマが弟になるのか。悪くないな。可愛いし」
……駄目だこいつもなんか頭のネジ外れてる。というか多分、俺をからかうことしか考えてない。
「お前なー……悪ノリもいい加減にしろよ。常識的に考えてねーだろ、野郎同士で結婚とか」
がりがりと頭を掻きながら、それでも一応ツッコミを入れてみる。俺も充分リアクションを返しているし、普段通りならこの辺で飽きて引くはずだと思ったからだ。
――だがしかし。俺の読みは斜め上の方向に外された。
「そう?」
「……へ?」
相棒からの同意の言葉はなく、それどころか真顔のままで
「俺は相手が陽介だったら、旦那さんになっても嫁さんになっても良いと本気で思ってるけどな」
――メギドラオン級の爆弾を落としてくれやがりました。
え、ちょ、なにそれどういうこと?
軽くパニックに陥る俺の内心など知った事じゃないとでも言うように、悠は俺に向かってずい、と身を乗り出してきた。至近距離から見つめてくる深い銀色の輝きに、心の奥底が曝け出されるような錯覚に捕らわれる。
「陽介は、俺が相手じゃ嫌?」
蠱惑的に微笑むその表情に目を奪われる。我知らず、ごくりと喉が鳴った。
「俺……は……」
お前の、こと、
熱に浮かされた様に、心中に浮かんだ言葉を伝えようと口を開きかけ――
「おお!? センセイとヨースケ、良い雰囲気? 良い雰囲気? チッスするクマ?」
瞬間、クマの脳天気な声が俺を現実に引き戻した。
「……っ! しねーよ馬鹿クマ!!」
ちょっと待て今俺は何を考えかけた。ねーよ。色々と! 自らの有り得ない思考回路に突っ込みを入れながら、クマの頭に手刀を落とす。痛いだなんだと喚いているが、菜々子ちゃんをびっくりさせるといけないからちゃんと手加減はした、有難く思え!
そしてそのまま返す刀で再び相棒に向き直り、びしっと人差し指を突きつける。
「相棒もこれ以上の悪ノリ禁止! そーいうのは女の子にやりなさい!! 一発で落とせるから!! 保証してやるから!!」
「はいはい。ふざけ過ぎましたごめんなさい」
……笑いながら言われても、反省しているんだかしてないんだか。まあ、一応謝罪の言葉は引き出したので良しとしておく……というか、これ以上は俺のハートが保たない。
「わかりゃいーんだよ。はい、じゃこの話はお終い!」
俺は胸中のもやもやを追い出すように、わざと大きな溜息を吐いて、ぎゅっと強く目を瞑った。
――ああそうだよ。分かってる。これはおふざけだ。冗談だ。
だから小さく呟かれた「もう少しだったのに、残念」なんてあいつの呟きは、これっぽっちも耳に入ってなんかいねーし、それに不自然に心臓が跳ねたりなんか、してねえんだからな!
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『やったな陽介、家族が増えるぞ!』
なんて。どっかで聞いたような不穏なセリフを吐きながらその日ご主人が連れてきたのは、まるで夜空中のお星さまを集めたような、きらきらした銀色の毛皮を持った兎だった。
『あんまりにもきれいで、一目惚れしちゃって。飼うことにしちゃった』
「買うことにしちゃったって。俺がいるのに」
『悠、って名前を付けたんだ。いじめるなよ、陽介?』
「いじめたりなんかしねーよ!」
思わず反論するが、ご主人はからからと笑うばかりだ。くっそ、知ってたけど通じてねえ。
俺たち、人間の言うところの【動物】の言葉は、ニンゲンにだけは通じない。犬も猫も、鳥も、みんな会話できるのに、不思議だ。
そうまで思ったところで、そういえば兎と喋るのは初めてだと思い当る。
この綺麗な兎は、どんな声で喋るのだろう?
むくりと湧いた好奇心に従って、俺は口を開いた。
「なぁなぁ」
兎に話しかけると、長い耳がぴくりと動いた。硝子玉みたいな目がこちらを向く。
それから、ぐぅ、と低い音で鳴いた。どうやら警戒されているらしい。
「俺、陽介ってんだ。これからよろしくなー」
害意がないと分かってもらえるように、出来る限り優しい声色で言う。
硝子玉はその後しばらくじっと俺を見つめていたが、しかし、突然、物も言わずふいっと視線を逸らした。
分かりやすい拒絶のリアクションに、落胆と不満が胸中を満たす。
なんだよ、雑種犬の俺なんかとは話せないってか?
「……あぁ、野蛮な犬風情と喋ることなんか、なんもないって? そりゃ悪うございましたね」
皮肉をたっぷり込めてそう言っても、奴の視線が俺に戻ることはない。
その大きな耳は飾りか? 聞こえているくせに、嫌な奴。
なんて。どっかで聞いたような不穏なセリフを吐きながらその日ご主人が連れてきたのは、まるで夜空中のお星さまを集めたような、きらきらした銀色の毛皮を持った兎だった。
『あんまりにもきれいで、一目惚れしちゃって。飼うことにしちゃった』
「買うことにしちゃったって。俺がいるのに」
『悠、って名前を付けたんだ。いじめるなよ、陽介?』
「いじめたりなんかしねーよ!」
思わず反論するが、ご主人はからからと笑うばかりだ。くっそ、知ってたけど通じてねえ。
俺たち、人間の言うところの【動物】の言葉は、ニンゲンにだけは通じない。犬も猫も、鳥も、みんな会話できるのに、不思議だ。
そうまで思ったところで、そういえば兎と喋るのは初めてだと思い当る。
この綺麗な兎は、どんな声で喋るのだろう?
むくりと湧いた好奇心に従って、俺は口を開いた。
「なぁなぁ」
兎に話しかけると、長い耳がぴくりと動いた。硝子玉みたいな目がこちらを向く。
それから、ぐぅ、と低い音で鳴いた。どうやら警戒されているらしい。
「俺、陽介ってんだ。これからよろしくなー」
害意がないと分かってもらえるように、出来る限り優しい声色で言う。
硝子玉はその後しばらくじっと俺を見つめていたが、しかし、突然、物も言わずふいっと視線を逸らした。
分かりやすい拒絶のリアクションに、落胆と不満が胸中を満たす。
なんだよ、雑種犬の俺なんかとは話せないってか?
「……あぁ、野蛮な犬風情と喋ることなんか、なんもないって? そりゃ悪うございましたね」
皮肉をたっぷり込めてそう言っても、奴の視線が俺に戻ることはない。
その大きな耳は飾りか? 聞こえているくせに、嫌な奴。
「誕生日おめでとう、卯月。結婚しよう」
4月1日の朝一番で俺が卯月に叩きつけたのは、その言葉と一枚の書類、それからビロード張りの小さな箱だった。
テーブルの上に広げられた書類の名称を認めた瞬間、卯月がぎょっと目を見開く。微かに震える手で箱の蓋を開けた瞬間には、「嘘」と言う声が零れた。
「……養子縁組届に、指輪、とか。これはまた、随分と手の込んだエイプリルフール、だな?」
イミテーションの安物でないことが一目見て分かったんだろう、冗談めかして言おうとしているけど、声が大分固い。
けれど俺はそれに気付かない振りをして、態と軽い調子で、肩を竦めて笑ってみせた。
「だろ。まぁ、学生のバイト代で買える安物ですけどね。受け取ってもらえると俺は嬉しい」
「ふざけんな! 安物って、これ、どう見てもちゃんとしたものだろ!?」
俺の道化た態度に、どういうつもりだと卯月が声を荒げる。
けれど、俺も引かない。――ここで退くわけには、いかない。
「安いよ。俺の愛情示すのに、こんなんじゃ全然足りない」
強い口調でそう言い切れば、俺の本気を察してくれたらしい。卯月は困惑を顔に張り付けながら、呟いた。
「……なんで、いきなりこんなことしてんの」
「いきなりじゃないよ。話すと長いような、短いような、なんだけどさ。……去年、俺がお前に薬盛って、怒らせたことあったろ」
「あー、あぁ……うん、あったな」
あの時のことを思い出したのか、卯月が渋面を作る。
無理もない。卯月にすればあの事はこれ以上なく不愉快な出来事だっただろう。何せ、自分の意識のない間に、まともに動けなくなるレベルまで俺に無体を働かれていたのだから。
去年の夏、俺は卯月に、とあるルートから手に入れた媚薬を盛った。「愛してる」とか「好き」だとか、甘い言葉を聞きたいなんて、理性を失って乱れる様を見たいなんて、そんな我儘な欲望を満たす為に。
その後で、死にたくなるほど後悔するとも知らずに。
「でも、それとこれと、何の関係があるって言うんだよ」
卯月が怪訝そうな表情と声で問う。
その態度に、やっぱり覚えていないのかと俺は溜息を一つ零して、苦い記憶を引っ張り出した。
「……覚えてないんだろうし、俺も言わなかったけどな。お前、あん時に言ってたんだ。「俺でごめん」って。「お前の大切を奪って、ごめん」って。寝落ちるまで、ずっと、ずっと泣いて、俺に謝り続けてた」
「……!」
それを告げた瞬間、ざぁ、と、卯月の顔色が変わる。
――あの時無理矢理に暴いた卯月の心の奥に隠されていたのは、甘さとは程遠い、無数の懺悔と後悔の言葉だった。どんな言葉をかけても、優しく宥めても、卯月の謝罪と涙を、俺は止めることができなかった。
「正直、ショックだったよ。付き合った当初から、お前が色々引け目感じてたのは知ってたし、気づいてた。けど、二年経っても変わらないのかって。……変えてやれなかったのかって」
「……それ、は、だって」
卯月の視線が宙を彷徨う。口を開こうとしては、思い留まって俯く。何かを伝えようと、必死に言葉を捜しているようにも見えた。
「……けど、それ以上に強く思ったことがあるんだ」
けれど俺は、敢えて、卯月の思考と言葉を遮る。
――だって、謝罪の言葉も言い訳も、必要ないから。
「絶対、俺が、卯月を幸せにしてやるんだって」
そう言った瞬間、卯月が弾かれたように顔を上げた。その頬に手を添えながら、俺はゆっくりと首を横に振る。
「お前は、俺から何も奪っちゃいない。逆だよ。お前は、すごく沢山のものを俺に与えてくれたんだ」
卯月がいなければ、あの事件の犯人を捕まえることはもちろん、きっと、小西先輩の死を乗り越えることも、前を向くこともできなかった。
それだけじゃない。卯月の隣に並び立っていたいと思ったからこそ、進学という進路を選ぶこともできた。
何より、笑顔が見たい、大事にしたい、一緒にいて、幸せにしてやりたい――なんて、他人をここまで愛しく思う気持ちを教えてくれたのも、卯月だ。
卯月が隣にいない人生なんて考えられないし、考えたって意味がない。俺にはもう、卯月を手放すつもりなんて一つもないのだから。
「あれからずっと、この先どうしたらいいかって考えてたんだ。俺はお前に、お前がくれたのと同じだけのものを返したいし、それよりもっと多くのものを与えてやりたい。これからもずっと傍にいて、支えたいし、支えられたい。そしたら、やっぱりこれしかないかな、って」
言葉を切り、真っ向からひたりと卯月を見据える。視線を逸らされるその前に、口を開いた。
「だから卯月、俺と結婚してくれませんか」
「……嘘、だろ?」
「エイプリルフールだからって、嘘を吐かなきゃいけないルールはないだろ」
「なんで、俺なんか」
「俺なんか、じゃなくて。卯月だから。俺は、卯月がいいの。卯月でなきゃ、嫌だよ」
「……法律上、無理だし」
「だから養子縁組届持ってきたんだろ。なんだったらアメリカでもニュージーランドでも認めてもらえるとこ行くよ?」
「っ、子供とか、出来ないし!」
「男女の夫婦でもそこは確約できないとこだろ」
弱弱しく紡がれる言葉を一つ一つ丁寧に受け止めて返しながら、俺はそっと卯月の左手を取る。小箱から出した指輪を薬指に嵌めてやって、その上にひとつ、キスを落とした。
「なぁ、卯月。卯月は、俺じゃ嫌か?」
「そんなこと、ない、ないけど……ん、っ」
尚も何かを言い募ろうとする卯月の唇に、己のそれを重ねて塞ぐ。
これ以上の言葉は必要ないんだと伝える為に。
「なら、それで充分だよ。何言われても、俺の決心は変わんないから安心しろ」
「………信じて、いいの?」
「俺は、信じて欲しい。信頼に応えられるように、精一杯やるつもりだよ」
真っ直ぐに目を見てそう伝えれば、銀の瞳が涙で揺れる。胸の奥から溢れ出るような愛しさに任せて、卯月の身体を強く抱きしめた。
「はな、むら」
「愛してるよ、うじゅ……」
――あ。
「……」
「……」
「……おい」
「…………ごめんなさい、噛みました」
やってしまった。よりにもよってこの場面で!
今までのちょっと良い雰囲気は見事に砕け散って跡形もなくなり、すっと顔を俯けた卯月が、長い溜息を吐く。
「…………最高にガッカリだよ」
「……返す言葉もありません……!」
無理もないが、口調が心なしか刺々しい。針の筵とはこのことかと居た堪れなさに縮こまる俺に、真冬の風のように冷たい卯月の言葉が追撃をかけてくる。
「この場面で2年以上付き合ってる恋人の名前噛むとか、ないわ」
「ごめん」
「俺の感動返して? もしくは1分でいいから時間戻して?」
「……本当にすみませんでしたっ!!!」
思わずその場で土下座した。
一世一代のプロポーズの締めをしくじるとか、ガッカリここに極まれりとしか言いようが無い。我ながらこれは酷い。酷すぎる。
「はぁ……色々、台無しだ」
自己嫌悪で凹んでいるところに容赦なく言葉のナイフが降ってきて、ぐさぐさと俺の脆いハートに刺さる。「死んでくれる?」を喰らったシャドウってこんな気分だったんかな……なんて少し現実逃避的なことも考えるが、それで現状が変わるわけでもない。
……さすがにこれは、断られても致し方なしだろうか。振り絞った勇気とXヵ月分の給料が揃って泣く羽目になるけれど。
床から視線を上げられないまま、そんなネガティブな事を考えていたら、突然、ふは、と気の抜けた笑い声がした。
つられる様に顔を上げれば、卯月が眉を下げて、肩を震わせて笑っている。
「ほんとに、ガッカリ。……だけど、花村らしい」
卯月は俺と視線を合わせるように屈んで、そろりと左手を差し出す。
そうして小さな声で、でもはっきりと「宜しくお願いします」と呟いた、泣き笑いのようなその表情は。
俺が今まで見てきた卯月の笑顔の中で、一番綺麗なものだった。
「直斗くん、用心棒いらない?」
「……里中先輩、ドラマの見過ぎです」
思いつきで呟いた言葉に、直斗くんが少し呆れた声で応えた。
「探偵が荒事に巻き込まれることなんて、そうありませんよ」
「あー。そっか、そーだよね……そもそもあたし完二くんみたいにコワモテじゃないしなー、駄目か」
溜息交じりに頷くと、直斗くんはこてんと首を傾げた。
「突然どうしたんですか?」
「んー。ちょっとね? あたしに手伝えること、何かないかなって思ってさ?」
あたしはそれを笑って誤魔化す。
質問の意図は、単純だ。あたしは何とかして直斗くんの力になりたいのである。
強い正義感と明晰な頭脳を武器に、世の中の理不尽や悪人と闘う直斗くんはまるで、映画や漫画に出てくるヒーローみたいで、あたしはそんな直斗くんに、こっそり憧れと尊敬を抱いている。
だから、あたしは彼女の手助けがしてみたかった。
頭脳とかじゃ全然追いつかないから駄目だけど、彼女の不得手とする体術とかなら、助けになれないかな、なんて考えたのだ。
まぁ、とはいえ、直斗くんは普通に強い。
さっき言ったように体術こそ不得手だけれど、銃の腕は百発百中ってくらい正確だし、何より、状況分析能力と咄嗟の判断はリーダーと同じ位頼りになる。それに本人いわく荒事に巻き込まれることは少ないらしいから、直斗くんが探偵業をやっていて危機に陥る状況なんて殆どないのだろう。
……だけど、それでも。直斗くんはあたしより小さくて、華奢な、女の子なのだ。
そんな彼女を少しでも危険から守りたいと思うのは、おかしいことだろうか。
小さくうぅんと唸ると、直斗くんはくすっと笑った。
「本当に、お気持ちだけで十分です。先輩がいてくれることは、先輩自身が思っているよりずっとずっと、僕の支えになっているんですよ」
だから先輩はそのままでいてください。
そういわれてしまえば返す言葉などどこにもなく。
「直斗くんマジ探偵王子ー……」
「へ!? なんでそこでそうつながるんですか!?」
ほんとにかっこいいんだからもう、と胸中で呟いて、あたしは直斗くんの頭をわしゃわしゃと撫でるのだった。
「……里中先輩、ドラマの見過ぎです」
思いつきで呟いた言葉に、直斗くんが少し呆れた声で応えた。
「探偵が荒事に巻き込まれることなんて、そうありませんよ」
「あー。そっか、そーだよね……そもそもあたし完二くんみたいにコワモテじゃないしなー、駄目か」
溜息交じりに頷くと、直斗くんはこてんと首を傾げた。
「突然どうしたんですか?」
「んー。ちょっとね? あたしに手伝えること、何かないかなって思ってさ?」
あたしはそれを笑って誤魔化す。
質問の意図は、単純だ。あたしは何とかして直斗くんの力になりたいのである。
強い正義感と明晰な頭脳を武器に、世の中の理不尽や悪人と闘う直斗くんはまるで、映画や漫画に出てくるヒーローみたいで、あたしはそんな直斗くんに、こっそり憧れと尊敬を抱いている。
だから、あたしは彼女の手助けがしてみたかった。
頭脳とかじゃ全然追いつかないから駄目だけど、彼女の不得手とする体術とかなら、助けになれないかな、なんて考えたのだ。
まぁ、とはいえ、直斗くんは普通に強い。
さっき言ったように体術こそ不得手だけれど、銃の腕は百発百中ってくらい正確だし、何より、状況分析能力と咄嗟の判断はリーダーと同じ位頼りになる。それに本人いわく荒事に巻き込まれることは少ないらしいから、直斗くんが探偵業をやっていて危機に陥る状況なんて殆どないのだろう。
……だけど、それでも。直斗くんはあたしより小さくて、華奢な、女の子なのだ。
そんな彼女を少しでも危険から守りたいと思うのは、おかしいことだろうか。
小さくうぅんと唸ると、直斗くんはくすっと笑った。
「本当に、お気持ちだけで十分です。先輩がいてくれることは、先輩自身が思っているよりずっとずっと、僕の支えになっているんですよ」
だから先輩はそのままでいてください。
そういわれてしまえば返す言葉などどこにもなく。
「直斗くんマジ探偵王子ー……」
「へ!? なんでそこでそうつながるんですか!?」
ほんとにかっこいいんだからもう、と胸中で呟いて、あたしは直斗くんの頭をわしゃわしゃと撫でるのだった。
皮膚の薄い部分に、花村の同じところが触れる。
軽く吸われ、瞼を閉じる。濡れた舌先につつかれ薄く口を開けば、するりと入り込んできた。
だいぶ慣れてきたものだ、なんて、咥内を好きなように弄られながらも他人事のように思う。最初はそれこそ、押しつけるだけの、子どものようなキスしかできなかったくせに。
唇を離され瞼を開けると、嬉しそうにゆるんだ鳶色の視線にぶつかった。
基本的に花村は、懐に入れた相手に対しては感情を隠すことをしない。だから多分、俺とのキスは、彼にとっては嬉しいとか、喜ばしいとか、そういう感情を伴う行為であるらしい。
……男とのキスなんて、数ヶ月前なら全力で嫌がっていただろうにな。
「へへ、どうよ。俺も少しはうまくなっただろ?」
「少しはね」
「なんだよー。そりゃお前に比べりゃ経験値低いけどさ!」
くそー、と分かりやすくふてくされてみせるこの男は、本当にあの花村陽介なのだろうか。そんなことをも考えてしまう。
分かっている。花村をこう変えたきっかけは、間違いなく俺で。 そして俺が、これを望んでいたことは、確かなのだけれど。
かわいい女の子が好きだった、『普通』だった花村を、男同士の恋愛なんていう、普通じゃない道に引き込んでしまったことに、後悔を覚えていないかといえば嘘だ。
この関係はきっと、花村も、周囲も、そして俺自身も。誰も幸せなんかにしてくれない。
だから、引き返すならきっと、今のうちだ。
……それが最善の道だと分かっているのに。それでも、浅ましくて弱い俺は。
「じゃあさ、練習するから。もう一回させて?」
そんな花村の要求を断ることもできず。
「……仕方ないなぁ」
薄っぺらな言葉と態度で、自分も花村も誤魔化して。
そっと目を伏せ、全てを見なかったことにした。
軽く吸われ、瞼を閉じる。濡れた舌先につつかれ薄く口を開けば、するりと入り込んできた。
だいぶ慣れてきたものだ、なんて、咥内を好きなように弄られながらも他人事のように思う。最初はそれこそ、押しつけるだけの、子どものようなキスしかできなかったくせに。
唇を離され瞼を開けると、嬉しそうにゆるんだ鳶色の視線にぶつかった。
基本的に花村は、懐に入れた相手に対しては感情を隠すことをしない。だから多分、俺とのキスは、彼にとっては嬉しいとか、喜ばしいとか、そういう感情を伴う行為であるらしい。
……男とのキスなんて、数ヶ月前なら全力で嫌がっていただろうにな。
「へへ、どうよ。俺も少しはうまくなっただろ?」
「少しはね」
「なんだよー。そりゃお前に比べりゃ経験値低いけどさ!」
くそー、と分かりやすくふてくされてみせるこの男は、本当にあの花村陽介なのだろうか。そんなことをも考えてしまう。
分かっている。花村をこう変えたきっかけは、間違いなく俺で。 そして俺が、これを望んでいたことは、確かなのだけれど。
かわいい女の子が好きだった、『普通』だった花村を、男同士の恋愛なんていう、普通じゃない道に引き込んでしまったことに、後悔を覚えていないかといえば嘘だ。
この関係はきっと、花村も、周囲も、そして俺自身も。誰も幸せなんかにしてくれない。
だから、引き返すならきっと、今のうちだ。
……それが最善の道だと分かっているのに。それでも、浅ましくて弱い俺は。
「じゃあさ、練習するから。もう一回させて?」
そんな花村の要求を断ることもできず。
「……仕方ないなぁ」
薄っぺらな言葉と態度で、自分も花村も誤魔化して。
そっと目を伏せ、全てを見なかったことにした。