やすかわ(@yasuharuka)ん家の沢村くんと千枝ちゃん。主千枝。
多分3年後くらい。沢村 = 大学生、千枝ちゃん = 警察官でお送りします。
先に謝る。本当にごめんなさい。
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「ねぇねぇ、里中の彼氏って、すっごくカッコいいってマジで?」
「大学生なんでしょ? いいなぁ、羨ましい」
同僚たちのそんな言葉に、あたしは思わず少し引きつった笑いを浮かべた。
ああまたか、どこから情報漏れたんだろう――なんて、つい考えてしまう。人の口に戸なんか立てられないんだから、そんなこと考えるだけ無駄だけど。
『市民の安全を守る警察官』なんて偉そうなこと言ったって、みんな普通の人間だもの。恋愛くらいするし、他人の恋愛事情への興味は一般職種や学生さんと何ら変わることもない。
……というか、警察は割と職場結婚の多い職種なので、警察官以外の人と付き合っている、などと言ったら速攻で槍玉にあがるのが通例だったりする。ちょうど今の、あたしのように。
「……彼氏は確かにいるけど、そんなにかっこよくはないと思うよ?」
「嘘吐け、イケメンだって評判じゃん!」
「彼氏持ちはみんなそー言うんだよね! いいから写メかプリクラでも出しなさい持ってんでしょー!」
きゃんきゃんと吠えながら迫る同僚達を「今業務中だから! ほら仕事仕事、その辺の話はまた今度ね!」と無理矢理に話を打ち切って散らせる。
別れ際、今度会わせなさいよとか、あたしも彼氏欲しい! とか上げられた諸々の不満の叫びは苦笑でスルーして、それからぽつりと胸中で呟いた。
イケメン? まぁそう言われれば、そうかもね。
――だけど残念。あんたたちに沢村くんは、多分荷が重いよ。
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「沢村くんさぁ、これでいいの?」
「これでいいのって、何、がっ!?」
ごんっ。
沢村くんの問い返しの言葉は、部屋中に響いたそんな鈍い音にかき消された。
一体何の音だって? そんなの決まってる、沢村くんの顔とフローリングの床の衝突音だ。ソファーに座ったあたしが、彼の頭を思いっきり上から踏みつけたからそんな音がしたのであって、何も不思議なことは無い。床にぺったり張り付いたまるい頭に右足をぽんと投げ出して、ソファーの背もたれにだらんと体重を預ける。
普通の人が見たらきっと何事だって言われるような光景だけど、これはあたしたちの日常風景。
あたしが振るってるのは理由のない暴力なんかじゃない。だってこれは彼の望みなんだから。
「久々に会って、彼女部屋に連れ込んでソファーに座らせてさ。その場で頭下げたかと思ったら、第一声が「踏んでくれ」とか。人としてなんか間違ってると思わない?」
足下、無様に床とキスをする彼氏に溜息を吐きながら、ぐりぐりと容赦なく踵で踏みつける。足裏で感じるさらさらの髪の感触が贅沢なような、勿体無いような、変な気分だ。
「だ、だってここのところご無沙汰だったし、会えると思ったら「踏まれたい!」という欲求が押さえきれなくて」
「喋って良いとは言ってないんだけど。延髄踏み抜かれたいの?」
「すみません女王様! でもそれはそれで本望です!」
威勢よく張り上げられた声には清清しいほど迷いが無い。
――あたしの彼氏、沢村一樹は。
整った顔と日本人離れした人目を引く色彩、均整の取れたスタイルを持ち、知識は広く、気も回り、運動神経もとても良い――、なんて、マンガみたいなとんでもないハイスペック人間だ。
個人的には、一際特徴的なのはその、日本刀の刃みたいな鋭い色をした目だ。あんな目でじっと見られたら、大抵の女の子は落ちるんじゃないかななんて思う。
……まぁ、その恋は、数日も立たないうちにそれはもう綺麗に、本人の手によって打ち砕かれると断言できるんだけど。
だって残念なことに、沢村くんはこの通り、そりゃもうびっくりするくらいのドMなので。
「……全く、相変わらずだねぇ、キミは」
感心半分呆れ半分で呟きながら肩を落とすと、沢村くんはくふ、とあたしの足の下で笑う。かっこよく笑ったつもりなんだろうけどこの状態だとただのギャグだよ? まぁわかっててやってるんだろうけど。
「残念だけど、これが俺なんで。嫌だったら、他の男を探せば良いだろう?」
顔を上げないままに落とされたその言葉の、挑発的な――でも、ほんの少しだけ窺うような声色に。思わず、あは、と乾いた笑いが漏れた。
「馬鹿だねぇ、沢村くん」
あたしはすっと彼の頭から足を退かす。ぴんと伸ばした爪先で彼の顎を拾い、上向けて。にやりと笑って、言ってやる。
「あたし以外の誰に、キミの相手がつとまると思うのよ?」
ねぇ? と首を傾げて問いかければ、きょとんと呆けた表情が、ふは、という気の抜けたような吐息とともに、楽しそうなものに変わった。
「……あっははははは! ふ、あはは! 千枝ってば、最高!」
そうして沢村くんは「あぁもう、ほんとに愛してる!」と熱烈な告白を飛ばしつつ、それはもう恭しく足の甲にキスなどしてくれましたので。
調子に乗るな、と。あたしは笑顔で、そのまま彼の横っ面を思いっきり蹴りとばした。